【せくたん】輪郭のない私が「私」を見つけるまでーー感情と向き合い続けて掴んだ本当の強さと自由

レズビアンを公表し、ダンサーやライターとして輝く山﨑穂花さん。「穂花さん、かっこいい。」きっと、多くの人が一度はそう感じたことがあるはずです。その背後には、セクシュアリティに対する葛藤、予期せぬアウティング、そして同性との恋愛で感じた苦しみや迷い……。けれど、そのすべてを乗り越え、自分を受け入れることで手に入れた強さと自由。穂花さんはどのようにしてその道を歩んできたのでしょう。彼女の想いを、深く掘り下げていきます。

プロフィール

山﨑穂花さん(28歳、レズビアン、ダンサー・ライター、東京都出身)

住まい 東京都

あなたの今のセクシュアリティの自認を教えてください

現在は「シスジェンダー女性/レズビアン」を自認しています。

セクシュアリティについて考えるようになったきっかけは?

もともと女性に「好き」という感情はあったけど、セクシュアリティについて考えるようになったのは大学に入ってから。ゲイの友達ができ、その子を通じて「LGBT(当時はLGBTQ+という言葉はあまり浸透していなかった)」という言葉を初めて知りました。それからセクシュアルマイノリティについて調べると、ある日、図書館で伏見憲明さんの『クィア・ジャパン』という雑誌を見つけ、衝撃を受けたんです。今よりも保守的な時代だけど、雑誌の中でめちゃくちゃ性を解放し探求していて「そういう世界があるんだ」と驚きました。

こうやって、LGBTQ+の概念を知ることで、これまで抱いていた女性への感情の輪郭が浮かび上がってきたんです。単なる推しや友達としての「好き」ではないことに気づき始めたり、異性との関係に感じていた違和感の正体が少しずつ見えてきたり……

異性との関係で感じた違和感って、具体的にはどんな感じでしたか?

男性と付き合ったことはあります。でも、手をつないだり触れ合ったりするのが苦手だったんです。どうしても恋愛感情が湧いてこなくて。結局、1ヶ月くらいで終わってしまいました。

それから22歳のときにはじめて彼女ができたそうですね。どんな出会いだったのか、お聞きしても良いですか?

大学3年生の頃だったと思います。「ハロートーク」という言語交換アプリで出会ったシンガポール人の女性と付き合うことになりました。彼女のプロフィール写真を見た時に直感的に「自分のタイプだ」と感じました(笑)。

最初は相手のセクシュアリティを知らなかったのですが、話すうちに彼女がレズビアンであることがわかり、2回目のデートで交際が始まりました。

レズビアンかも、という輪郭が見え始めたときだったと思います。彼女ができたとき、どんな気持ちの変化があったのですか?

自分が女の子が好きだとなんとなく感じてはいたものの、実際に経験してみないとわからないと思っていたので、一歩踏み出してみたいという気持ちがありました。だから、怖いという気持ちはなかったんです。私自身、バイセクシュアルかレズビアンの間にいる感覚だったので。

同性と付き合うなかで生じた、セクシュアリティの揺れや葛藤はありましたか?

正直、揺れはありました。過去の同性のパートナーからは「どうせ男性に行くんでしょ」「穂花はレズビアンではない」と言われ、過去に男性と付き合っていたことに罪悪感を抱くことも。その言葉を聞いてから、自分のセクシュアリティを探求するために、実際にマッチングアプリに登録したこともありましたが、やっぱり違いました。女性と一緒にいる方が、自分らしくいられることに気づき、「私は女の子が好きなんだ(レズビアンなんだ)」とはっきり感じました。

今では、「レズビアン」と公表してダンスやライター活動をされていますよね。セクシュアリティを公にするようになったのはいつからですか?

ライターとしてLGBTQ+に関する記事を書く仕事がきっかけでした。もともと「自分だからこそできること、求められている仕事がしたい」という強い想いがあり、レズビアンとして発信することに大きな意味を感じたんです。それがきっかけで、レズビアンを公表しながら活動を続けています。

セクシュアリティをオープンにすることは簡単なことではないと思います。なぜそれができたのでしょうか?

私の場合、母にカミングアウトできたことが大きいです。実際、自分からカミングアウトしたわけではなく、知人にアウティングされてしまったのですが、母は「穂花が幸せならそれでいい」と言って受け入れてくれました。その瞬間、周りの目がどうでもよくなり、誰かに否定されても気にならなくなったんです。「私は私だ」と。

クィアコミュニティとの関わりが深くなったきっかけや、その中での経験について教えてください。

新宿二丁目を初めて訪れたのは、チャットで知り合った女性と一緒にレズビアンバーに行った時でした。しかし、私が抱いていたギラギラした明るいイメージとは違っていて、それ以来二丁目とは疎遠になっていました。そんなある日、ドラァグクイーンとして活動している高校の後輩に誘われ、バックダンサーとして二丁目のイベントに出演することになりました。これがきっかけで、ゲイイベントでのダンスが頻繁になり、人脈も広がり始めました。その後、レズビアン向けイベントのオーガナイザーとも出会い、気づけばクィアコミュニティ全体とのつながりが広がりました。今では、そのネットワークを活かしてレズビアン関連の取材を行っています。

セクシュアリティが変化する中で、実際にやってみてよかったことはありますか?

とにかく、色んなものを吸収してよかったと思います。例えば、本を読んだり映画を観たり、新宿二丁目に行ったりすることで、さまざまな当事者と共通点を見つけられました。最初は異性愛者(ヘテロセクシュアル)だと思っていましたが、徐々にセクシュアリティの輪郭が明確になっていったのかなと。

ただ、セクシュアリティは変化するものでもありますし、しっくりくるような言葉がないこともあります。なので、今の状態を受け入れることが大切なのかな。「こんな人もいるんだ」と多種多様な人たちの存在を知ることで、「自分は自分」という認識が持てるのではないでしょうか。

理想の社会について、また自分の活動を通じて目指す方向性はありますか?

私が考える理想の社会は、「誰もが自分の道を選べること」だと思います。同性婚やカミングアウトも個人の選択に任されるべきだなって。社会に対する理解を深めるためには、当事者の見えにくい課題やリアルな声を可視化することが必要だと感じています。

また、ライターとして出来ることは、コミュニティへの理解を深めるきっかけを作ることじゃないかなって思うんです。自分の書いた記事を読んで「セクシュアリティに向き合えた」とか「もしかしたら女の子が好きかもしれない」と連絡が来ることがあり、そんな時に”居場所”になれている気がします。この活動を続けることで、社会は必ず変わると信じ、熱意を持って続けていきたいです。

interview&text:Rina Amagaya collage:Emi Yasuda /みらいふ編集部

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