どのようにセクシュアリティを探したのか、探索のプロセスを紹介する「せくたんストーリー」。かんさんのお話です。
名前のつかない感情〜友情や憧れで納めなくてはという葛藤
わたしのセクシュアリティはレズビアンです。
小5の頃、同級生の女の子のことが気になってしょうがない自分に気づきました。この執着心はなんだろうと、違和感を覚えました。それ以降、友人など特定の人が次々に気になって執着してしまい、人間関係でつまずいていきました。この感情と向き合わず、遠ざけて、みんなと仲良くできるようになりたいと考えていました。
誰もが抱える感情なのか、自分だけが異常なのかわからず、自分の心に正体不明の部分が現れたことが怖かったです。もしその頃、同性愛という言葉を知っていたら、もう少しこの怖さが軽減していたかもしれないと今は思います。
気になる同性がいながらも、男の子と付き合えれば普通になれると思い、やたらと男の子にアプローチしていました。今思えば、好きという気持ちではありませんでした。いつもフラレてばかりで、ますます自分はダメな人間だという思いを強めました。
高校では、同性に対して一緒にいたい、自分を見てほしいという気持ちが出てきました。それは同性が好きということだ、友情や憧れでは片付けられないとうっすら気づいていました。この感情を抑え、友情や憧れで説明できる範囲で収めなければ異常な人になってしまうとさらに葛藤していました。
大学では、お酒を飲むと同性を好きだと思う感情が爆発しそうになることが何度もあって自分は同性を好きになるんだと観念せざるを得ませんでした。
それでも自分に向き合うことはできず、周囲の友だちには「あの子に執着したくないのにできない」と相談し、付き合えそうな男の子を探していました。
ある日、研究室の後輩を好きになりました。毎日顔を合わせているうちに、距離が近くなり、ついに告白してしまいました。付き合うには至りませんでしたが、彼女は私の好意をありがとうと受け取り、ずっと友人関係を続けてくれました。これが自分に向き合っていく転機の1つだったと思います。
続く異性愛の試みとコミュニティでの経験
その後、就職で上京し、親や周囲の目を気にせず自由に行動できるようになっても、同性愛を検索することすら怖くてできないままでした。
異性と付き合えば普通になれると思い込み、ひたすら続けていた恋活はうまくいかず、だんだん諦めの気持ちが出てきました。そこまでしてやっと、自分が同性愛者なのか確かめてみたくなり、ネットで検索して見つけたLGBTの人たちがいる集まりに初めて行きました。そこには本当にいろんな人がいて、世間一般と同じように、こちらの世界もいろいろな個性がある、地続きなんだと思えました。この経験が自分に向き合うハードルをぐっと下げました。
それから新宿2丁目のお店のイベントに行ったり、「にじいろかぞく」共同代表の小野春さんの講演を聞きに行ったり、様々なコミュニティに出向くようになりました。同性愛の人は実際たくさんいるし、すごく楽しそうで、特別な人ではないんだと実感できました。
そんな中で、「レインボーコミュニティcoLLabo」に出会いました。日中ににみんなで集まって話し、気持ちや経験を共有し、真面目に向き合っていく姿勢が自分によく合っていました。司会をしているスタッフさんを見て、レズビアンとしてもかっこよく生きていけるんだ!自分もそうなりたい!と憧れました。
自分らしくありたいという願いがひらいた「今」
参加者からスタッフになり、参加者のためにどんなプログラムができるか考える日々で、自分にもできることがある、輝ける場があると居場所を見つけた感覚がありました。自分に向き合う作業も進み、親や周囲にカミングアウトでき、私の居場所はますます増えて心が安定していきました。
思い返せば、自身が子どもの頃から、親になることが夢でした。それには異性と結婚しなければならないという無知から来る思い込みが自分のセクシュアリティに向き合うハードルをあげていたと思います。
私は、子を持つという夢に向かって一直線に進んできたわけではありません。
夢としてふわっと横に置いたまま、目の前のことに取り組むうちに、ふと夢に手が届くタイミングが来ました。
かんさんのみらいふストーリー へ続く



