【せくたん】「性的惹かれとは?」——10代の頃に抱えた性の悩みとレズビアンであること

どのようにセクシュアリティを探したのか、探索のプロセスを紹介する「せくたんストーリー」。えみさんのお話を伺いました。

プロフィール

えみさん(1998年生まれ/レズビアン/NPO職員・アクティビスト、パフスクールスタッフ)

住まい 東京都

どんな子ども時代を過ごしましたか?

カナダの田舎町で学校唯一のアジア人として、自分の「異質性」を痛感するような子ども時代でした。


ジェンダーやセクシュアリティに関しては、11歳ぐらいの頃にクラスの女子たちが恋バナをするようになると、「よくわからない」という気持ちでいました。ただ、幼稚園の時からクラスの男子に人種を理由にずっと見た目をからかわれたこともあり、優しくしてくれない相手を好きになれないのは、ある意味では当然のように感じていました。むしろ、そんな相手を好きになれる周囲の子たちのほうが、私には不思議なくらいでした(笑)。

セクシュアリティについて考え始めたきっかけを教えてください。

父の仕事の都合でカリフォルニアに移り、全校生徒が2500人いる大きな高校に入学しました。狭い環境で育った私にとっては、さまざまな人種の人がいて、開放的な空間でした。人が多ければ自然と好きな人ができるのではないかと思っていたのですが、それでもしばらく好きな人がいなかったことで、うっすらと悩むようになりました。


分岐点となったのは、高校2年生のときに、レズビアンであることをオープンにしている子と出会ったことです。彼女は、ジェンダー表現を理由に小さい頃から周囲にセクシュアリティを疑われてきました。そうした経験から、「噂にされるくらいなら、堂々と生きたほうがいい」と考えるようになり、中学生の頃からカミングアウトしていたそうです。その姿勢に、私は強く感銘を受けました。親しくなるにつれて、私はその子と「付き合いたい」と思っている自分に気づきました。

「付き合いたい」とはどういう気持ちでしたか?

彼女を大切にしたい、もっと近くにいたい、同じように自分も大切にされたい、優先されたい、そういった気持ちでした。ただ、異性を好きになることが当然とされる社会の中で、正直、そう感じていることにショックを受けました。


1年以上悩んだ末に、「告白しないと一生後悔するのではないか」と自分の気持ちの強さに向き合わなければなりませんでした。高3の夏、好きな人に気持ちを打ち明け、付き合うことになりました。その時点では、まだセクシュアリティに確信があったわけではありませんでしたが、とりあえず聞かれたら「バイセクシュアル」だと答えるようにしていました。ただ、付き合っても自分のセクシュアリティに確信を持っていたわけではなく、悩み続けました。

付き合っても、セクシュアリティについて悩み続けたのはなぜですか?

YouTubeでカミングアウト動画を検索すると、「最初のキス」や「スキンシップ」について語る人が多く、そうした身体的な経験を通してセクシュアリティに確信を持ったと話す人がたくさんいました。私はそれを見て、「興奮」を感じなければ、自分の恋愛感情が「偽り」のものにされてしまうのではないか、と不安になりました。結果的に重圧がかかった気持ちになり、肌の接触を回避するようになりました。


性的指向について語るときには、「性的に惹かれること」という言葉がよく出てきますが、当時の私には性的欲求は特になかったです。肌の接触を楽しめても、触れられた時点で気持ちが止まってしまい、何も感じないことがほとんどでした。そのことが、アイデンティティに確信を持てなかった理由です。


今振り返ると、安心できる環境がなかったこと、そして「相手を本当に好きであればこう感じなければならない」といったセクシュアル・アイデンティティを理由に重圧をかけられ続けてきたことが、性的な接触に対する抵抗感につながっていたのだと思います。

性的な接触への抵抗や、「性的に惹かれる」という感覚が持てなかったことで、自分のアイデンティティとどう向き合いましたか?

両親が同性愛に寛容ではないとわかっていたこともあり、大学生の頃に意識的に男性との交際を求めようとした時期がありました。けれど、社会的に受け入れられるということ以外に、男性との関係の中で何か嬉しいと感じることはありませんでした。どれだけ親しくなっても、どれだけいい人だと思っても、なかなか「好き」という気持ちにはなれなかったです。

その反面、女性の場合は、仲良くなるうちに「また好きになっちゃった!」みたいなことが今まで何回かありました(笑)。


男性との関係も、我慢しようと思えば我慢できたのかもしれません。でも、一度きりの人生だからこそ、我慢できる関係よりも、自分が心から喜べるような関係を望みました。

どの時点で「バイセクシュアル」ではなく、「レズビアン」だと気づきましたか?

レズビアンかバイセクシュアルのどちらであるのかと悩む人はよく、「男性と付き合えるかどうか」「男性を好きになれるかどうか」を自分に問い続けることがあると思います。つまり、「本質的に自分は何者なのか」という問いです。でも私は、それ以上に、「自分はどのように生きていきたいのか」という問いのほうが大事なのではないかと思っています。


なので、私はレズビアンだと「気づいた」というよりも、レズビアンとして生きていく覚悟を持つようになったという感じです。家族の反対もあったため、それを認めるにはかなり勇気が必要でした。

アセクシュアルだと思ったことはありますか?

セクシュアリティに気づき始める前から、当時住んでいた英語圏のSNSを通じてアロマンティック/アセクシュアル・スペクトラム(以下「Aro/Ace」)1の存在は知っていました。そうした情報に触れていたからこそ、たとえアセクシュアルに近いと感じる経験があったとしても、そのラベルを選ばなければならないことはない、ということも意識していました。Aro/Aceのアイデンティティに開放感を持つ人やそれがすごくしっくり感じる人もいますが、私の場合は恋愛/性愛感情の有無や抱き方にラベルをつけることがとても窮屈に感じます。

最後に伝えたいことはありますか?

女性が男性に対して性的欲求を持つことが「自然」で「普通」だとされる中で、人への惹かれ方は、当事者同士であっても話しづらいと感じてきました。そうした悩みを打ち明けると、すぐに「異性愛者なのではないか」と疑われてしまうこともあります。

でも、性的に惹かれないからといって、人に向ける愛情や気持ちまで価値の低いものになるわけではありません。異性カップルであれば、性生活に悩みがあるからといって性的指向そのものを疑われることはあまりないのに、女性同士の関係ではそうなりやすいです。そのことに、私はずっと違和感を覚えてきました。

本来、性的な関係に何を望むのか、あるいは望まないのかは、セクシュアリティを問わず一人ひとり違うはずです。そうしたことは、必ずしも性的指向とそのまま結びつくものではありません。そのことを、同じように悩んでいる誰かに届けたいです。

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言葉の説明

  1. アロマンティック/アセクシュアル・スペクトラム:アロマンティック(他の人に恋愛感情を抱かない)やアセクシュアル(他の人に性愛感情を抱かない)に関連するセクシュアリティの総称。詳しくは「As Loop」(アズループ)の用語集をご参照ください。 ↩︎


interview:みらいふ編集部 text : Emi

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