2026-05-01

二人のやりたいことをお互い追求できる環境作りがカギ

プロフィール

右/山賀沙耶さん(44歳、自営業(出版編集業)、愛知県出身、パフスクール共同代表)
左/Ayaさん(47歳、自営業(出版編集業)、神奈川県出身)

パートナーシップ 2015年〜(2026年現在、12年目)

住まい 山梨県甲州市

利用制度 パートナーシップ制度 あり(2021年世田谷区、2024年甲州市)公正証書 あり(任意後見・パートナーシップ契約) 緊急連絡先カード:あり(NPO法人 QWRC)

趣味の集まりを通じて知り合って、同業ということもあって仲良くなり、友達期間を経てパートナーになった二人。交際5年目で自治体のパートナーシップ宣誓をし、沙耶が両親へのカミングアウトを果たして、ようやく「家族になった」という実感を得ました。2年前に東京から山梨県甲州市ののどかな農村地帯に引っ越し、現在は地域社会に溶け込みつつ、愛犬2頭とニワトリ4羽と賑やかに暮らしています。家族へのカミングアウトやパートナーシップ宣誓、地方への移住など、人生の節目で何を考えどのように選択してきたのかをまとめました。

目次

【出会い】4年の友達期間を経てパートナーに

沙耶:29歳で会社を辞めてフリーランスになり、ようやく少し自分の時間を取れるようになりました。ちょうどそのころ、レズビアンのためのアプリ「スピンドル」が立ち上がって。それまで、新宿二丁目以外の出会いの場所をほとんど知らなかったのが、趣味で集まったり、近所の人と遊んだりできるようになり、友達が一気に増えました。

その中で、クライミングの集まりで出会ったのがAyaさん。初めて会ったときからいいなと思っていたものの、向こうはそういう気はなさそうで。でも、同業のフリーランスの先輩ということもあって、友達としてでも仲良くなりたいと思って、連絡先を聞き、たまにごはんを食べに行ったり、一緒に遊んだりしていました。お互いにフリーのタイミングで、2人で福島へ犬猫の世話をするボランティアに行ったり、1泊で雲取山の登山に出かけたりと長い時間を過ごす中で距離が縮まって、私から告白して付き合うことに。

もし出会いを探している人がいたら、趣味の集まりは、趣味をきっかけに定期的に会ったり、趣味を通していろんな話をする中でお互いを知ったりできるので、いわゆる「自然な出会い方」ができてオススメです(笑)。

Aya30代半ばのころ、ちゃんと向き合って付き合える人を探していました。ポイントは、「お互いのやりたいことを面白がり合える人」。いい出会いを探すのに疲れたころに、友達だった沙耶ちゃんが恋人候補として浮上してきました(笑)。

同業なので仕事の話が合う、お互い動物やアウトドアが好き、思いついたことにチャレンジできるガッツがあるなど、一緒にいたら楽しいだろうなって。それに、今から思えば、友達期間が4年ほどあったことで、家族になっても最低限の礼儀を保てるし、人柄やものの考え方などもある程度事前にわかっていたので、よかったなと思います。出会いを求めている人には、新しい出会いばかりを見るのではなくて、友達を排除しないで考えることをオススメします(笑)。

人生のパートナーになるかもと思ったのは、付き合い始めて日が浅いころ、私がはしかにかかったことがあって。それを知った沙耶ちゃんは、すぐに予防接種を受けに行き、寝袋を持って私の家に来て、病院へ連れて行ったり、食事や薬を用意したりと泊まり込みで看病してくれました。その姿を見て、こういう思いやりのある人なら長く一緒にやっていけるかも、と思いましたね。

【カミングアウト】パートナーがいると知って家族も安心した

Aya:30歳に入ってから、付き合って一緒に暮らしていた人と別れたとき、狭いコミュニティの中でいろいろなことが耳に入ってきてしまい、気持ちの整理がつかず、しんどかったんです。でもそれを人に話すこともできなくて、母に話す流れの中でカミングアウトしました。「実は一緒に住んでいる友達と伝えていた彼女と付き合っていて、別れた」って。女性と付き合うことになった経緯も含めて、一気に話しました。

母は「そういう人は友達にもいるから、何ということもない」という反応で、思っていた通り、すんなり受け止めてくれました。母はとても考え方が柔軟でユニークな人なので、カミングアウトしても受け入れてくれるだろうとは思っていました。ただ、そんな母にさえ話せずにいたのは、自分が同性と恋愛をしていることを言葉にすることで、自分でも周囲からも「こういう人だ」とひとつの枠にはめられてしまうような気がしていたからです。カミングアウトしたことで、恋人と一緒に暮らすときに、「友達」ではなく「パートナーと住む」と言えるようになりました。母は、相手の性別はどうあれ、長く一緒に人生を歩めるパートナーがいることに安心しているようです。

沙耶:18歳でコミュニティに出入りするようになってから、世間体を気にする両親にカミングアウトすることはないだろうとずっと思っていました。それが、30代になって、親から「地元に帰ってきなさい」というプレッシャーをかけられるようになったとき、関東で一緒に暮らしているパートナーがいるから帰れないのに、その理由を説明できなくて。ついに「3年以内に帰ってきなさい」と期限を切られ始めて、追い詰められ、親に本当の自分を隠し続け、ごまかし続ける人生は嫌だと思いました。

ただ、口頭で話しても最後まで話を聞いてもらえないかもしれない、言い負かされてしまうかもしれないと思い、両親あてに手紙を書くことにしました。いちばん伝えたかったことは、「私の生き方を尊重してほしい」ということ。もしカミングアウトがうまくいかなくても、パートナーやコミュニティの仲間がいてくれるという安心感もありました。

父からはすぐに肯定的な手紙が届きました。母からはしばらく連絡がなく、しばらくしてこんなLINEが届きました。「以前から、沙耶の気持ちに気付いていたし、頭では理解しているつもりです。でも、何故か涙が止まりません。親が安心することより、沙耶が幸せでいることが、一番いいと思っているはずなのにね。本当の気持ちを話せなかったことはつらかっただろうし、話すことも勇気がいったでしょう。もう少し時間をください。」
私は何より、母が正直な気持ちを伝えてくれたのが嬉しかった。それ以降、私の住む場所や仕事、生き方など私が決めたことに、両親が口を挟むことはなくなりました。

その後、きょうだいやその家族にもカミングアウトし、今では私の実家の集まりにAyaさんも一緒に参加するのが当たり前になっています。最初「兄や弟の配偶者と同じように接しられるか不安」と言っていた母も、何度も会ううちに他のカップルと何も変わらないのだと肌で理解し始めているように思います

【パートナーシップ制度】ライフステージが一段上がったと実感

沙耶:2021年に両親にカミングアウトしようと決めたとき、それまで申し込みが億劫でしていなかったパートナーシップ制度を、後ろ盾として利用しない手はないと思いました。常識人で世間体を気にする両親だからこそ、自治体の制度で証明されている2人の関係を否定することはできないだろうと思ったんです。

両親にカミングアウトの手紙を出し、それと並行してパートナーシップ宣誓の準備を進めました。宣誓後、愛犬2頭を連れて1泊の温泉旅行に出かけて、ケーキでお祝い。両親にカミングアウトしたことと、パートナーシップ宣誓をしたことで、「自分たちは家族になったんだな」と実感する特別な時間になりました。

2年前に山梨県甲州市に引っ越して、住宅ローンで必要になるだろうという理由で、すぐにパートナーシップ宣誓の手続きを進めたところ、なんと私たちが甲州市の宣誓第1号だと聞かされてビックリ。地元のテレビや新聞の取材が入ってもいいかと聞かれ、このことを誰か一人でも希望に感じてくれる人がいるならと引き受けました。映画やドラマ、海外や都会にしかいないと思われがちな同性カップルが、実はどこにでもいるのだと頭の片隅に置いてもらえるだけでも、大きなことだと思っています。

Aya:パートナーシップ制度を利用してもそれほどメリットがないことはわかっていたけれど、制度を利用する人がいないと不要だと思われてしまうかもしれないので、「その制度に賛成票を投じる」気持ちで、当時住んでいた世田谷区でパートナーシップ宣誓をすることにしました。

パートナーシップ宣誓制度の効力は婚姻にはまったく及ばないけれど、自治体からのパートナーシップ証明の文書という形になることで、「2人の意識は同じなんだ」と実感できたことは大きかったと思います。2人の関係性がただの恋人ではなくなった、という意識がありました。だから、法的効力が少なすぎると思うかもしれないけれど、みんな利用したほうがいいと思います。

引っ越してきた甲州市にもたまたまパートナーシップ宣誓制度があって、賛成票を投じる意味と、住宅ローンを組むときに必要になるだろうという考えで、すぐに利用しました。たまたま宣誓第1号になり、自治体の職員さんたちに喜んでもらえてよかったです。

【社会的アクション】みんなができる範囲の行動をすることが大事

Aya:私自身は、デモに参加したりパレードで歩いたりといった社会に働きかける活動は、負担が大きすぎると感じます。でも、できる範囲のことはしたい、活動してくれた人たちの成果にタダ乗りはしたくないという気持ちはあります。

例えばパートナーシップ制度を利用したり、周りの人たちに自然な流れで自分たちの関係性を伝えたりと、同性カップルが身近にいると伝えることは意識的にしています。また、「結婚の自由をすべての人に」訴訟に寄付するなど、活動している人の応援になることもしています。

以前は、社会運動や政治的な動きにはややこしいから関わらないほうがいい、という意識もありました。でも、時代も変わってきているし、誰かに任せきりにするのはよくない、みんなが自分にできる範囲の行動をしていくことが大切だと今は思っています。

沙耶:私はもともと「社会をよくするために自分に何ができるか」を常に考えているタイプで。2014年に、現在共同代表を務めているボランティア団体「パフスクール」で「鎌倉L文学散歩」という講座の講師役を務めたことから、本格的に性的マイノリティの活動に関わり始めました。

活動にもいろいろありますが、私は社会制度を変えるムーブメントというよりも、一人ひとりの内面に働きかけるような運動に関心があります。パフスクールでは、「日本Lばなし」で多彩なLのゲストのライフヒストリーを聞いたり、「アサーティブ講座」で自分も相手も大切にするコミュニケーションの心構えを学んだり、メールマガジン「パフスクール通信」で発信をしたりといった活動を中心にしています。

特に、私たちから上の世代は、大人になってから急にパートナーシップ制度ができたり、LGBTQ+のことが連日マスメディアに取り上げられるようになったりと、社会の変化についていけないと感じている当事者も多いと思います。異性愛中心・男性中心の社会の中で失ってきた自尊心をいかに取り戻し、自分の持つ力を信じられるようになるかは、自分自身も含め大きな課題だと感じています。

text:Saya Yamaga / photo:Emi Yasuda / みらいふ編集部

沙耶さん&Ayaさんの記事をもっと読む

記事が見つかりませんでした。

よかったらシェアしてくださいね~
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次