2025-05-28

「人生観を知るための質問」人生のパートナーを真剣に求めたからこそ出会えた2人

プロフィール

左/きくみさん(55歳、レズビアン、NPO法人プライドハウス東京勤務、群馬県出身、日本虹色文化クラブ主宰)
右/ようこさん(56歳、レズビアン、会社員、大阪府出身)

パートナーシップ 2008年~(2025年現在、17年目)

住まい 埼玉県児玉郡

利用制度 緊急連絡先カード:あり(NPO法人パープルハンズ発行)

「掲示板」でニアミスしていたのに、2人が出会ったのはオフ会。「人生のパートナー」を真剣に求めるからこそ投げかける質問は、これまでの経験や失敗があるから。建築関係の正社員として働くようこさんと、就職氷河期を経て通訳・翻訳者として働いてきたきくみさんは、同居して17年目。お互いを尊敬し、それぞれが社会に開かれた活動をしています。昨年末には、きくみさんの実家の近くに新居を建て引っ越しました。美しい山々をのぞむ「終の住処」で、50代の2人が紡いできたストーリーを伺いました。

目次

【出会い】「掲示板」より「オフ会」

ようこ:新宿2丁目にあるユリザベス亭がその当時、月一で開催していた30代後半以上を対象にしたビアンのオフ会で出会いました。 

私はつき合っていた人と別れ、パートナーがほしいと思って参加しました。それまで「掲示板」(インターネット上で情報交換や会話ができる場所)で出会いを探し、メールのやりとりで「気が合うかも!」と盛り上がっても、実際会ってみると違うな…というのが何回もありました。だから「掲示板」の出会いはすごく効率が悪いから、実際に会える所に行ったほうがいいと、思いきって参加しました。新宿2丁目には行ったのは、そのオフ会が初めて。それで、すぐに相手が見つかって良かったです。

きくみ:私も恋人を「掲示板」で探していたけれど、なかなか大変だと思っていました。35歳以上の人がたくさん来ると書いてあったので、良い人と出会えたらと思って参加しました。私がそれまで新宿2丁目にあまり行かなかった理由はタバコが苦手だから。それでも若い時は出会いを期待して、1人で行っていたけれど、恋人ができたら行く理由がなくなった。私にとってすごくラッキーだったのは、そのオフ会にはタバコを吸う人がほぼいなかったことです。だから3時間位、ずっと楽しんでいられた。翌月に同じイベントに2人で遊びに行った時にはタバコを吸う人が大勢いて、15分でギブアップしてお店から出てしまったくらいでした。

ようこ:おもしろいと思ったのは、知り合った後に、自分も利用していた「掲示板」にきくみちゃんが投稿していたのがわかったこと。その文面を見たら、これには連絡しないと思った。会わないとわからないなぁって。

きくみ:オフ会で出会えて良かった・・・。

【出会うまで】の恋愛経験

親へのカミングアウト、カナダでの生活(きくみさん)

きくみ:私が27歳で両親にカミングアウトした時には「女同士で結婚したいなんて、人間が犬と結婚したいと言うのと同じことだ。プライドパレード?くだらない、次世代に何も残せない暇人がくだらないことをしているだけだ」とすごく罵倒していた。吐いて捨てるみたいな言い方をするのにも腹が立ち、それ以前は年に数回は帰省していたのに、その後2年間私は家に帰りませんでした。当時つきあっていた人はカナダの永住権を持っていて、多様な文化があり、既に同性カップルのパートナーシップを認めていたカナダに2人で移住する計画を立てていました。

その2年後、29歳で実家に帰った時には「恋人とカナダに移住するからお元気で、さようなら」みたいな態度でした。けれどカナダに行く直前にふられてしまい、実家で熱を出して1週間寝込んでしまって。今まで健康で、寝込んだことがなかった私がそんなことになったから、親も驚いて事の深刻さに気づいたんじゃないかな。周りからお餞別ももらっていたこともあり、親は世間体を気にして「1人でカナダには行けないのか。ほとぼりが冷めるまでカナダにいなさい」と言われて、ワーキングホリデービザでカナダに行きました。ただウエイトレスなどの仕事では、英語の上達が遅いことがわかり、私自身は小さい頃から語学に興味があり、日本にいた頃からずっと通訳学校で学んできたので、大学の異文化研究コースに入りました。バンクーバーは適度な大きさの都会で、東アジア出身のレズビアンとしても居心地が良く、もっと長く住んでいたかったけれど、就労ビザが取れず日本に戻ってきました。その後、ピースボートのボランティア通訳で3か月間地球一周し、その後フルタイムで企業通訳をするようになりました。

クローゼットな女性とのつきあい(ようこさん)

ようこ:私が初めてつきあった人とは掲示板で知り合いました。週末に会って家に泊まりに来るみたいな感じ。その人は実家に住んでいて、完全なクローゼットでしたね。スポーツジムのインストラクターで、自分が性的少数者であると知られたら、仕事が来なくなると恐れていて。2年程つきあったけれど、クローゼットだからいつも2人だけの世界にいたので、煮詰まってきてしまって。第3者との交流がないし、私も初めてつきあった人だったのでどうしたら良いかわからず、相談する人もいなくて。

2人でいるのは楽しかったけれど、感情をうまく伝えられないタイプの2人で、伝わらないと感じるとお互い黙っちゃう感じ。2人の機嫌がいいときはいいけれど、だんだん関係がよくないものになり別れることになった。ただ一緒に住んだりはしてなかったので、合鍵を返してもらって終わりになりました。

【職場での経験】1990年~2010年頃の日本

きくみ:20代、30代の時、職場でカミングアウトしたら、無視されるようになり、面と向かって「気持ち悪い」と言われたこともあった。他の職場でも何度も。「彼氏はいるの?」なんて、当時の職場ではありふれた会話で、それがハラスメントという意識はなかった。聞く側は楽しい会話のきっかけとして質問するわけだし、だからこそ一般的な社会では「疲れるな」と感じていた。でも、40代になったら「お子さんは大きいですか」というような質問になった。自分の年齢が上がったこと、そして今は企業で「ハラスメント」「セクシャルハラスメント」「プライバシー」などに関する教育研修が普及してきて、立ち入ったことは聞くべきではない、ということが周知されてきたのかもしれない。社会が変わったのを肌で感じています。

ようこ:私は大学を卒業してから、いわゆる総合職としてずっと男性と同じ給与体系で働いてきたので就職氷河期を経験した人の思いは、きくみちゃんと同居するまでは、あまりピンと来ていなかった。私は就職氷河期の直前、バブル期の最後に就職できたから。本人の能力というより、単純に世の中の状況で、就職のチャンスも、その後の人生もずいぶん変わってしまう現実がある。

きくみ:私の卒業した年の大学新卒の求人倍率は0.6倍位。たった1年の違いで先輩たちと経済的にすごく大きな差ができて、その後の生き方にも大きな影響があった。日本のジェンダー不平等問題にずっと注目してきたのは、そういう経験をしたから。性的マイノリティであるが故の偏見は確かに経験したけど、社会の男女格差による就職難や、痴漢や性暴力やセクシャルハラスメントの嫌な経験の方が、はるかに多い。派遣契約は1か月から3か月単位。契約が更新されるかどうかの不安、切られるたびに感じるやりきれなさを長年抱え続けたことは、精神的に本当に辛かったです。30代前半から10年以上、安定した雇用を求め、正社員の道を探し続けたが、結局どこにも決まらなかった。

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