2024-05-22

【親族カミングアウト】累計5回、パワポでプレゼン

プロフィール

左/中谷衣里さん(32歳、L、NPO法人L-Port 職員、北海道旭川市出身)

右/チャッキーさん(30代、L、会社員、北海道上川郡出身)

2008年~(2024年現在、17年目)

北海道札幌市

パートナーシップ制度 あり(2018年、札幌市)
公正証書:なし 緊急連絡先カード:あり

WHY? ~なぜそれをしようと思ったのですか?~

中谷 高校2年生から28歳まで、親に5回もカミングアウトしてるんですよ。最初はチャッキーとつきあいたての頃、デートして、家の近くまで車で送ってもらったとき、鉢合わせしちゃって。あわててワーッて逃げて、車から降リようとしたら、母親の車が来て……。

チャッキー 「あんた誰? 学生を連れまわしていいと思ってるの?」って、すごい勢いで問い詰められました。免許証の番号と名前を控えられて、「二度と会うな!」って。

中谷 そのまま私は母親の車に乗せ替えられて、「あれが誰なのか知らないけど、個人情報は控えてるから、あの人の人生を社会的に終わらせることができるんだからね」って。めっちゃ怖いですよね。

チャッキー そこまでやんないべ?とは思ったんですけど、恐怖だったよね。

中谷 そのときに追い詰められて、嘘をつけずに本当のこと言ってしまったっていう感じだったので、自分のタイミングでカミングアウトしたわけではなかったんです。両親ともすごい泣いてて、「なんでそんな辛い生き方するの、同性が好きな気持ちは思春期の気の迷いだからじきに治るよ」とか。当時、きょうだいが中学校と小学校高学年だったんですよね。母親にかけられた言葉で鮮明に覚えてるのが「お姉ちゃんが同性愛者であることが妹と弟の正常な発達に悪い影響を及ぼすから、絶対に言ってはいけない」。だから、今でもきょうだいにははっきりとはカミングアウトしていません。

HOW? ~どのようにしましたか?~

中谷 初回で拒絶をされて、家から出してもらえなくなってしまったんです。学校の行き帰りは必ず親の送迎があって、休みの日は家にいなくてはいけない。チャッキーだけじゃなくて、私のことを助けようとしてくれてた大人がいて、その人と会ったら自分の子どもが本当にレズビアンになっちゃうって、すごい恐怖心、守りたい気持ちがあったらしくて。そのまま家にいるのは自分の命の危機だと思って、何とかかんとか交渉して、札幌の大学に進学することができました。親と物理的な距離が取れたのは、すごく良かった。

チャッキー うちは、札幌で同居することになったとき、母親にカミングアウトしました。一応、認めてくれたんだけど、「この話は墓場まで持ってくね」みたいな感じで、そこまでのことではないのになって複雑な気持ちでした。その後、手紙をもらって、「ふたりが幸せになることを願ってます」ってみたいなことを言ってくれたので、よかったな、って。

中谷 大学を卒業してチャッキーと一緒に住むタイミングとか、転勤で東京に行くときとか、原告になったときとかに、つどつど、改めて両親にカミングアウトをして、累計5回でやっと受け入れてもらうことができました。裁判を始めたのがいちばんの決め手だったんじゃないかな。

チャッキー パワポでプレゼンしたんだよね。

中谷 そこまで本気だったんだ、というのが伝わったんだと思います。

~やってみてどうでしたか?~

チャッキー 衣里の親からもお手紙をいただいたんですよ。「今までごめんなさい、あなたのおかげです」みたいな。私も手紙を返して、そこから少しずつ距離が縮まっていきました。今は仲良くなって、家に来て普通に話したりしてます。大丈夫、社会的に終わらずに済みました(笑)。

中谷 仲良くやっていけるよう、お互いの親にお歳暮やお中元を送ったりもしてますね。

text and interviewed by Mami Hagiwara / photo by Emi Yasuda
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